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ある日、ベトナムのNewsサイトを見ていると、次のような記事タイトルが飛び込んで来た。
「産業・建設エネルギー効率アワードリノベーション部門」オフィスビル最高位の銅賞受賞!
「ハノイ・グリーンエネルギー建築物アワード」最高位の5つ星受賞!
環境対策を積極的に取り組むオフィスビルに与えられるベトナムの「最高位の環境賞」、その受賞ビルが「CornerStone Building」。言わずと知れた大阪本社のダイビル株式会社が、ハノイ進出を決めた第一号ビルである。ベトナムハノイで不動産仲介業に携わる立場の者なら誰もが知っている、Aグレードのオフィスビルで、JICAやJETROなど日本の独立行政法人をはじめ、東証プライム上場の超大手日系企業がテナントとして多数軒を連ねる。稼働率は驚異の99%。コロナ禍でも決して大きく下振れすることはなかった。「空き待ち企業」がチェックアウトを虎視眈々と狙う、ハノイ屈指の人気オフィスビルである。
そのCornerStone Buildingの環境への取り組みが、オフィスビルとしてハノイ市から最高評価を得たという記事を目にし、早速その詳細を伺いに訪問させていただいた。
オフィスビルとして「ハノイ市初」の太陽光発電システムを設置
「太陽光パネルをビルの屋上に設置し、再生可能エネルギーで自社発電しているオフィスビルは、ハノイ広しと言えども当社だけです」
CornerStone Buildingを所有・運営するダイビル株式会社の現地子会社「Daibiru CSB Co.,Ltd」のGeneral Director、岡本悠さんが断言する。2022年5月にハノイに着任された岡本社長が、前任者からのバトンを受け、太陽光発電システムの設置を完了させた。年間総消費電力の3%を生み出す見込みで、その活躍ぶりが期待できる。おまけに1階受付横に大型モニターを設置し、日々の発電量を「見える化」する取り組みまでしている。
太陽光パネルを設置するだけなら、費用はかかるが出来ないこともない。ごまんとある他社のオフィスビルが、どこもやろうとしない理由を尋ねると、「再生可能エネルギー由来の電力利用は、まだ単純にコストと捉えるビルオーナーが大半です」
経済発展を最優先に考えるベトナムにおいて、立ち止まって環境対策に費用を割く経営判断など、なかなか生まれてこないのは確かだろう。しかし、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指すと、ベトナム政府は2021年11月のCOP26で宣言した。これは日本と同じ達成目標だ。
当たり前だが外資による財政及び技術支援がないと、達成はなかなか厳しい。そんな背景から生まれた今回の環境賞受賞。ダイビルの再生可能エネルギーを取り入れる「運営目線」は、電力需給が逼迫するハノイ市には殊の外、響いたようだ。
再エネ証書(I-RECs)の活用で100%CO2フリー化へ
ダイビルの環境重視の経営目線が生まれた背景として、創立100周年の歴史を抜きには語れない。
1923年創業以来、貫いてきた「ビル造りから街創りへ」の哲学。その中で一番大切にし続けてきたのは、街を構成するテナント企業への実利に繋がる「テナント目線」である。
「何をやれば、テナントさんに喜んでもらえるのか」
ここに徹頭徹尾こだわる。
「日系各企業の日本本社は、ベトナムの現地法人にも日本と同じ環境対策を求めます。しかしこちらのベトナム企業はあまり重視しません。そんな環境下で協業・競合する日系テナント様の費用負担は大変です。そのために先ず私達が環境対策をし、結果その果実をテナントさんにも取得してもらおうと考えました」
そこで岡本社長は、2022年9月に「CornerStone Buildingの使用電力全てをCO2フリー化する」ことを決定する。そのやり方はこうだ。
現在屋上の太陽光パネルで3%の自家発電を見込んでいる。残り97%を再生可能エネルギー由来の電力で賄うことが出来れば「100%CO2フリー」となる。しかし、ハノイの電力供給を担う「ベトナム電力総公社(EVN)」は、電源の全てをクリーンエネルギーで作り出せているわけではない。そこで100%調達を実現する為に「再エネ証書 (I-REC)の購入制度」を利用する。これは風力や太陽光などで作り出すCO2フリーなエネルギーでの発電会社を育てる為の支援制度で、世界中に広がっている。
岡本社長は、その再エネ証書を残り97%分購入することで、「100%CO2フリー」なオフィス環境を提供することができると説明する。その結果、契約テナントは環境意識の高い日本本社が取り組むSDGsの動きに歩調を合わせることができる。
「ほぼ全ての日系企業さんは喜んでくれています。一部のベトナム企業さんからは『I-REC?なにそれ?美味しいの?』などと聞かれますが(笑)」
日系企業がCornerStone Buildingを目指す理由が徐々に見えてきた。
なぜ「CornerStone Building」を目指す企業が後を絶たないのか
他にお伝えしたいダイビルの「テナント目線」が2つある。
1つは、あまりのユーザー目線に思わず感動させられる「ウォシュレットの設置」だ。「前任者の着想なんです。私も調べてみたのですが、オフィスビルの全てのトイレにウォシュレットを導入している事例は聞いたことがありません。コロナの期間を利用して、館内全てのトイレに設置しました」。ベトナムではまだ空港にも入っていない贅沢品のウォシュレット。ましてや民間のオフィスビルがそんな経費の掛かることは先ずやらないのが当たり前の考え方なのだ。
2つ目は、最上階で営業している和食料理店「海馬」の存在だ。日本ではオフィスビルの地下街などに飲食店が営業する風景は当たり前に見られるが、ここベトナムでは消防法上オフィスと飲食業は同居出来ないのが常識だ。Cafeレベルであれば可能だが、火を使う飲食業を後付けでオフィスビル内に開業することなどほぼ不可能なのだ。しかし、粘り強く交渉を続け開業許可を獲得し、今では繁盛店として賑わっている。
今後繰り出す予定の「お客様目線」について
CornerStone Buildingは今年で竣工10周年を迎える節目の年。最後に今後の布石を聞いてみた。
「とにかくビルの価値を少しでもあげて、テナントさんに長くご利用していただくことです」
昨今ベトナムも電気代が徐々に高騰してきていることから、お客様が助かる光熱費対策を先ず実施する。ビルの窓枠改修等を通じて断熱性をより高めたり、今後全館の照明をLEDに切り替えていくことを検討しているとのことだ(LEDについてはビル内の一部には導入済みとのこと)。打てる手はすぐに打つ。またビルの1階には日系の「富分スーパー」を誘致し、気の利いた惣菜ランチや夜食の品揃えを充実させた。それに屋上にある若干の余白スペースに追加の太陽光パネルを貼ることも検討しているという。
着々と改善を進めていく。
「そしてまだ構想段階ですが、CornerStone Buildingに続くビルを持ちたいと考えています」
具体的な場所は未定だが、どこで運営しても、CornerStone Buildingから発信されている「ダイビルブランド」は既に強力に確立されている。多少高い賃料でも目指すテナントは引く手数多だろう。
「私の任期は長くて5年と言われていますが、まだやりたいことがたくさんあります。任期が延びそうな気配です」
笑顔で答える岡本社長の目線の先には、新しい環境で生き生きと輝くオフィスワーカー達の姿が弾けて見えている。
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