Japan 2 Earth

【Vietnam Coffee Break】 今、ベトナムのタインホア省が熱いその理由とは

「タインホア省のNghi Son(ニソン)でホテルをやりたいんだけど、良い土地ないかな?」

私の10年来の友人から頼まれたのが、タインホア省のビジネスに関わるきっかけだった。

それまでは「Thanh Hoa(タインホア)省」と聞くと、人口はハノイとホーチミンに次ぐベトナム第三位。

370万人は静岡県と同じ大都市なのに、省内には大きな産業がなく、すぐ南隣のホーチミンさんの故郷「Nghe An(ゲアン)省」と同じく「省外へ出稼ぎに行く人の多いところ」、そんな認識しか持っていなかった。

そのタインホア省の最南端の街ニソンに「エネルギー経済特区ができる」と耳にしたのが、友人から連絡を受ける1年ほど前の2017年。

そもそもホテルなどまだ一件も出てきていない時、活況になることを見越した友人からの問い合わせだった。

タインホア省ニソン経済特区で生み出される予定のエネルギーは、石油製品と石炭火力発電による電力だ。

「クリーンエネルギーには力を入れないのか?」一瞬思うかもしれないが、ベトナムは近年政府の肝入りで、水力や太陽光を含む再エネ発電を、総電力の55%まで既に伸ばしているのだ。

50%を切ったとは言え、毎年増え続ける首都ハノイの旺盛な電力需要を、天候に左右されないニソンの石炭火力発電が支えている。

丸紅、東北電力が参画する石炭火力発電プラント(NS2PC)(田口庸生撮影)

動かしているのは日本の丸紅、東北電力が参画する石炭火力発電プラント。ニソン経済特区が拓かれる前から現在に至るまで稼働を継続しており、その存在価値は揺るがない。

一方石油製品について

ニソン経済特区ができる前は、ベトナム全土の石油需要「日量35万バレル」に対して実際の精製量は日量14.8万バレル。輸入に頼らざるを得ない状況だった。

この不足する日量20万バレルを補う目的で、ベトナム政府が開発を推し進めたのが、クウェート、ベトナム、日本の合弁プロジェクト「ニソンリファイナリー・ペトロケミカルリミテッド(NSRP)」。

ニソン経済特区の中核を占める、国内最大級の石油精製プラントだ。

ニソン出光興産が参画する石油精製コンビナート(NSRP)(田口庸生撮影)

300ヘクタールの広大な土地は全て政府の無償提供。国の威信をかけたこの一大プロジェクトは、2018年より操業を開始した。

何はさておき、この情報が私の耳に強烈に響いた理由は、プラント建設からその後のオペレーションに至るまで一手に引き受けたのが、日本の出光興産だったため。

石油精製に関する物流を担うニソン港も切り拓かれ、まさにニソン経済特区はベトナム経済を支えるエネルギーハブに成長した。

タインホア省が今後間違いなく爆発すると確信できるその他の案件を、あと2つご紹介したい。

友人から土地探しを依頼され、何度もハノイから車で往復したが、当初3時間半ほどの行程が先日久しぶりに行くと、なんと2時間半に!

1時間も短縮された理由は、ハノイからタインホアシティまで片道二車線の高速道路が貫通していたから。

「遠路はるばる覚悟を決めて」から「ちょっと出張にでも」くらいの近さに一気に短縮されたイメージだ。

「いつの間に・・・!?」

道路も地下鉄も、地主交渉など面倒な手続きで時間がかかるのが常だが、一気に伸ばした様子。

こんな離れ業は余程の政治力がないと無理だ。

更に驚くべきことに、タインホアシティの近くに650ヘクタールもの壮大な工業団地を造成する計画が進んでいる。

ハノイ北部の住友商事が運営する有名なタンロン1工業団地(274ヘクタール)の倍以上のスケール。ベトナム国内に400件ほどある工業団地のなかでもTOP10に入る、とてつもない規模だ。

「石油を生み出す街が発展しないはずがない」そう信じて日系初のホテル兼レストランを、砂埃が舞う開業当初のニソン経済特区近くで始めた友人は今、気が付いたらブルーオーシャンの真っただ中にいる。

JN Houseのレストランとんぼ(田口庸生撮影)

更に彼のホテルが他を寄せ付けない価値を発揮できている理由は、その圧倒的な和食の味。

多くの日本人が働くニソンで、唯一まともな和食は彼の店でしか味わえない。

ベトナムのエネルギー経済特区で働く日本人のエネルギー補給の為に、友人は今後も確かな味を武器にタインホア省で包丁を振るい続ける予定だ。

ニソン経済特区のテコ入れはもちろんのこと、首都ハノイからタインホア省まで165kmの高速道路を一気に伸ばし、大規模工業団地を誘致し、更にタインホアシティにイオンモールを持ってくる算段までつけている。

これらの仕掛け人「ファム・ミン・チンさん」は、2021年よりベトナムの首相に就任した。

公安省から共産党の人事や組織改革で実績を上げ、鳴物入りで首相に上り詰めた。

チンさんは歴代の首相が誰も持っていない肩書きが一つある。

彼は初のタインホア省出身の首相。

友人にはこんな細かい話はまだしていない。

しかしホテル設立当初より相当の苦労があっての今だ。これからはもっと良い思いをしてもらいたい。

タインホア省は今、間違いなくフォローの風が吹いている。


田口 庸生(たぐち・つねお)大阪府出身。関西大学経済学部を卒業して以来、一貫して不動産営業の仕事を続ける。2011年より大和コーポレート株式会社 取締役 海外不動産事業本部長としてベトナムの首都ハノイへ赴任。不動産仲介会社 「ハノイリビング」を立ち上げGeneral Directorに就任。日本人向けの不動産事業兼アドバイザーを12年間務め現在に至る。同時に「Japan 2 Earth」のベトナム担当として、環境問題に対する日系企業、ベトナム政府の取り組みを発信中。Twitter (X)でフォロー

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