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異常気象や乱獲を背景に水産資源の減少が社会問題となる中、自然環境など外的な要因の影響を受けにくい「陸上養殖」が注目されており、全国各地で取り組む事業者が増えている。新鮮な魚を安定的に提供できるほか、最新鋭のシステムが環境負荷の低減にもつながるとして、将来的に日本の食卓を救う切り札と期待されている。
三重県境近くの山あいにある滋賀県甲賀市の旧市立山内小学校(平成29年に閉校)。現在は旧校舎を活用し、琵琶湖に生息する固有種ビワマスをはじめ、バナメイエビやトラフグなど、さまざまな魚種を陸上養殖している。教室や体育館には水槽が設置され、魚やエビなどが泳ぐ。
陸上養殖は、陸上で管理された施設内で養殖するため、天候や赤潮、寄生虫付着など外的な要因に左右されない利点がある。
この事業を展開するのはアクアステージ(滋賀県草津市)。大谷洋士社長は「いずれは県産ブランド品として売り出せれば」と話す。
現在は生育期間が短く、消費者の需要も高いバナメイエビの商品化を目指し、研究・開発に力を注ぐ。試食した飲食店関係者からの評価も「臭みがなく、プリプリ感もある」と上々だ。
IoTで合理的
陸上養殖は近年、全国各地で事業者が増える一方、使われる餌や魚の老廃物などを直接河川に排水する施設も多く、水質汚染につながる懸念がある。
世界遺産「平等院」(京都府宇治市)の「阿字(あじ)池」などで水質浄化の実績もあるアクアステージが陸上養殖に取り組み始めたのは、約8年前。独自に開発した専用の浄化システム「完全閉鎖循環式陸上養殖」は、魚の排泄(はいせつ)物や餌から出る窒素化合物をバクテリアによって分解し、水を循環させるため、原則換水の必要がない。
天候の影響を受けず、疾病や寄生虫付着などのリスクもないため、安定して高品質の魚を養殖できるという。また、薬剤を一切使わないため安全面でも優れている。
各水槽の水温や酸素濃度などの管理、餌やりなどは24時間電子制御。専用アプリを通じて、スマートフォンで水槽の様子などを逐次確認することができる。
大谷社長は「生産は最大限IoT(モノのインターネット)を利用して合理的に。加工などを地元の人にお願いできれば、地域にも貢献できる」とする。
空き地の活用に
陸上養殖には近年、さまざまな企業が乗り出し、それぞれシステム開発を進めている。アクアステージには企業だけでなく、自治体などからも関係者の視察が後を絶たない。
そのアクアステージは、昨年11月から神戸市垂水区の都市再生機構新多聞(しんたもん)団地の空き施設でバナメイエビなどの陸上養殖を始めたほか、今年4月からは北海道釧路市の日本製紙釧路工場跡地でサケの陸上養殖も始めた。
ホームセンター大手、コーナンでは今年8月、アクアステージのシステムを活用し、空きスペースとなっていた豊中島江店(大阪府豊中市)の駐車場でバナメイエビの養殖を試験的に開始。作業は餌の補充と脱皮した殻をすくうのみで、1日40分程度で終わるといい、重労働で危険が伴うとされた従来の養殖現場とは一線を画す。
コーナンの担当者は「空いた土地の活用ができ、収益の改善にもつながる」と強調。すでに地元の飲食店や水産業者とも交渉を始めるなど、販路開拓に向けた準備を進めている。大谷社長も「輸送コストや人件費が抑えられる上、新鮮な魚を届けることができる」と自信をみせる。
近所の施設で養殖された魚が普通に食卓に並ぶ日は近いかもしれない。
生産量はピークの3割
国内の漁業・養殖業生産量は年々減少しており、令和3年には、ピークだった昭和59年(1282万トン)の3割程度となっている。
一方で、輸入水産物については、コロナ禍からの経済活動の回復やロシア・ウクライナ情勢によるサプライチェーン(供給網)の混乱、急速な円安などで、軒並み価格が上昇傾向。世界中で魚介類の需要が高まる中、日本の〝買い負け〟に拍車がかかり、国内で漁獲量を上げることが求められている。
国は水産業の活性化を目指し、令和2年施行の改正漁業法で、魚介類の資源管理制度を創設。魚種別に1年間の漁獲量を制限。漁獲量を令和12年度までに、平成22年当時と同程度の444万トンまで回復させることを目標に掲げている。
また、昨年閣議決定した新たな水産基本計画では、資源管理制度の着実な実施と、養殖など水産業の成長産業化の実現、漁村の活性化の推進を3本柱と位置づけている。
水産庁の担当者は「今後も水産業の成長産業化を進め、水産物の安定供給に努めていきたい」と話している。
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