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湿地・草原系の生態系の頂点に立つ猛禽(もうきん)類「チュウヒ」が絶滅の危機にひんしている。自然環境の変化に加え、開発行為が営巣地周辺に及んでいる影響が大きい。脱炭素社会実現の旗頭とされる再生可能エネルギー関連の事業が、国内最大のチュウヒの繁殖エリアである北海道北部に集中し、リスクを高めているとの指摘も上がる。
繁殖数は北海道だけで8割
日本最北の北海道稚内市や豊富(とよとみ)町、幌延(ほろのべ)町にまたがるサロベツ原野は2万~2万4千ヘクタールという広大な自然が広がる。原野の中心には国内3番目の大きさを誇る6700ヘクタールの湿原もあり、渡り鳥たちには重要な繁殖地の1つだ。
春と秋には数万羽もの渡り鳥がいくつもの集団をつくり、優雅なV字飛行で空を舞う光景が美しい。その中には個体数が減少し、環境省が平成18年に絶滅の恐れがある野生生物の種(レッドデータリスト)として絶滅危惧IBに指定したチュウヒの姿もある。
チュウヒはロシア極東サハリンや中国東北部などで繁殖し、春から夏にかけて北海道や本州に南下して越冬する。警戒心が非常に強く、キツネなどの野生動物に襲われにくい湿地などを営巣地として好む。タカ科では国内で唯一、草原などの地上で繁殖する。日本野鳥の会の調査によると、国内で確認されている推定繁殖数は令和2年時点で135組。北海道はサロベツ原野周辺が最も多い58組で、道央圏の勇払(ゆうふつ)原野周辺が20組、石狩川流域の15組など。北海道だけで国内全体の8割を占める。
温暖化加速の懸念も
チュウヒが絶滅してしまうと、生態系にはどのような影響が出るのか。日本野鳥の会で調査などを担当する浦達也主任研究員(47)は、ドミノ倒しのようにバランスが崩れて「やがて人間の暮らしにも関わる可能性がある」と警鐘を鳴らす。
チュウヒは湿地や草地の生態系で最上位の存在。ネズミ類や小型鳥類、昆虫などを捕食しているが、その存在がなくなるとネズミや昆虫が急増。草地などの植物が食い荒らされ、湿地や森林が縮小しかねない。二酸化炭素を吸収して酸素を放出する森の機能が弱体化すると、温暖化が進む可能性もある。
国内では1970年以降、チュウヒの生息エリアで人為的な開発が進んできた。長い年月の中で変化する自然環境に応じて営巣地を変えるなど適応する個体もあったが、浦氏は「令和2年の調査時よりも個体数が減っていると感じる」と話す。チュウヒが好む湿地が乾燥化などによる植生変化で徐々に失われているだけではなく、風力発電事業の工事車両が営巣地の近くまで接近し、警戒したチュウヒが巣を放棄するケースがあるからだ。
その様子を間近に見ていたという豊富町の住民は「工事業者の対応は車のクラクション禁止を呼びかける看板設置のみ。資材を積んだ大型車が何台も行き交い、配慮しているようには見えなかった」と語る。
風車は今後も増加
日本野鳥の会が今年3月に公表した調査によると、風力発電事業が急増している稚内市や豊富町、幌延町などの道北地方では、林立する風車を避けるように渡り鳥が移動していることが分かった。チュウヒは風車の羽根よりも低い高さで飛ぶことから衝突事故などの危険性は低いとみられるが、風車の数が増えると繁殖エリアに接近する可能性も高まるだけに「営巣地への影響が懸念される」と浦氏は言う。
道が公表している宗谷管内(1市6町1村)の風力発電施設は3月5日時点で206基。建設工事中や環境影響評価中の計画分を加えると、将来的には最大777基まで増える可能性があり、巣を放棄するリスクの高まりは避けられない。
日本野鳥の会は設立90年を迎えた今年、5カ年計画のチュウヒ保護プロジェクトを始めた。チュウヒと原野の両方を保全する活動を進め、国や北海道による指定鳥獣保護区認定を求めるとともに、湿地や草地に生息する希少鳥類と合わせた生物多様性の保護が目標だ。
その最大の繁殖地である道北エリアは風発事業が加速している。風車の大型化も見込まれる中で、動植物に対する安全性などの対応は十分といえない状況が続いている。
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