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私たちの食生活になじみ深いニホンウナギは、天然ものの絶滅が危惧されており、価格の高騰も続いている。乱獲や環境の悪化などが主な原因で、成長の過程で天敵の捕食魚に食べられてしまうケースも多いとされてきた。だがウナギの稚魚は、捕食魚にのみ込まれても驚くべき方法で逃げ出すサバイバル術を身につけていることが、長崎大チームの研究で判明した。その意外な方法とは-。
天然稚魚の採捕量、40分の1に
ニホンウナギは、日本の河川や河口域で5年から15年程度育って産卵期が近づくと、太平洋を南下して、約2000キロ離れたマリアナ海溝付近で産卵する。孵化(ふか)すると、柳の葉のような形をしたレプトセファルスと呼ばれる幼生となって北赤道海流に運ばれて西へ向かい、フィリピン沖から台湾沖へ北上。その後は黒潮に乗り、稚魚のシラスウナギとなり日本に戻ってくる。シラスウナギを河口などで採捕し、肥育させたものが養殖ウナギだ。
日本におけるシラスウナギの年間採捕量は、昭和30年代には200トンを超えていたが、その後は日本沿岸への来遊量が減り、近年は5トン程度に落ち込んでいる。そのため価格は高騰し、スーパーなど身近な店舗で売られている国産養殖ウナギは、1匹分のかば焼きが3000円近いことも珍しくない。
来遊量が減少している理由は、そもそも天然ウナギが減っているからだ。養殖ウナギよりも珍重され、価格も養殖ものの数倍以上に跳ね上がるため、乱獲が続いたことが大きい。もちろん、開発による河川環境の悪化もある。このほか、あまり知られていないが、河川に到達してから捕食魚に襲われて餌になってしまうケースもあるという。これらを背景に、太平洋を南下してマリアナ海溝で産卵するウナギの数が減り、日本沿岸に帰ってくるシラスウナギも減っているらしい。
ドンコにのみ込まれてもすぐ脱出
そこで長崎大チームは、ウナギ稚魚と捕食魚の間で、どんな攻防が繰り広げられているのか、解明に挑んだ。体長が最大で25センチ程度に育つ肉食性の淡水ハゼの仲間「ドンコ」と、体長6~7センチに育って黒く色づいた「クロコ」という段階のウナギ稚魚を1匹ずつ、同じ水槽に入れてどうなるか観察した。
当初は、ドンコがウナギ稚魚を丸のみにして食べる様子や、ウナギ稚魚がドンコの攻撃をかわす瞬間などを高速度カメラで撮影していた。だがある日、実験を担当していた長谷川悠波助教(実験当時は学部4年生)が、ドンコに食べられたはずのウナギ稚魚が水槽内を悠々と泳いでいることに気づいた。
長谷川助教は「いったい何が起こったのか」と疑問を抱き、ウナギ稚魚とドンコを一緒に入れた水槽を、長時間撮影が可能なカメラで観察。すると、食べられたウナギ稚魚54匹のうち半数を超える28匹が、意外にもドンコのえらの隙間から脱出していた。脱出までの時間は最速でわずか6秒、最も時間がかかったものでも2分10秒で、全て尾びれの側から出てきたという。
尾びれを足がかりに体を引き抜く
のみ込まれてすぐ、口に近いえらから脱出しているのだろうか。意外な脱出法について、さらに詳しく調べるため、研究チームは造影剤を注入したウナギ稚魚をドンコに食べさせ、脱出の様子をX線映像撮影装置で観察した。すると丸のみにされたウナギ稚魚は、口からのみ込まれて、すぐに口の近くにあるえらから脱出するわけではなかった。
のみ込まれてドンコの消化管内で胃に達すると、一部の個体は体をぐるぐると回転させ、尾びれで脱出可能な経路を探るような行動を見せた。その他、さまざまな行動を経て、食道へと遡る経路を見つけることができた個体は、食道を経由して尾びれをえらの外側に出し、とぐろを巻いたような形に。それを足がかりにして、消化管内に残った頭側の体を引き抜き、脱出していた。一方、脱出に失敗したウナギ稚魚は平均約3分20秒で動かなくなった。胃の強い酸性の消化液や、ほぼ酸素がない環境の影響とみられる。
襲われてのみ込まれた魚が、体のとげなどの効果で吐き出され助かることはあるが、捕食者の消化管内から能動的に脱出する行動は非常に珍しいという。ウナギ稚魚の細長くてぬるぬるとした形態や、後向きに泳ぐことが得意な性質をうまく利用しているようだ。
研究を指揮した河端雄毅准教授は、「ニホンウナギは現在、資源回復のため全国で飼育魚の放流が行われている。今回の成果などで捕食魚との関係が分かってくれば、放流に適した水域の選定に役立つかもしれない。さらに詳しく、稚魚の脱出行動について調べていきたい」と話した。
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