This post is also available in: English
札幌市で毎年夏から秋にかけて開かれる統合医療と機能性食品の科学的根拠を研究する国際学会が存在する。統合医療機能性食品国際学会(ICNIM)だ。札幌市のバイオ企業「アミノアップ」の一製品を巡る研究会として産声をあげたが、今や約30の国・地域から研究者が参加する一大イベントに成長した。
遺伝子のオンオフの最先端
札幌市で2024年7月に開催された第32回年会には、世界27の国・地域から約370人の研究者らが参集した。基調講演は毎年、最新や話題の研究テーマが選ばれている。同会では、星薬科大学学長の牛島俊和教授が「がんとエピジェネティクス」について講演した。
エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列の変更を伴わずに、後天的に遺伝子の発現をオンにしたりオフにする制御の仕組みなどの研究分野だ。牛島氏は講演で、突然変異と並んでがんの原因となるエピゲノム異常について説明。胃潰瘍の原因であるピロリ菌除菌後に見られる胃粘膜のDNAメチル化異常の蓄積と胃がんリスクの相関を科学的に解き明かした。
また、「がんと共により良く生きる」と題した市民公開講座も開かれ、オンラインも含め約300人が耳を傾けた。医療現場で日々がん患者と向き合う医師が機能性食品を取り入れた統合医療の実践例を共有した。
始まりは一つの製品の研究会
バイオ企業「アミノアップ」は小砂憲一氏が北海道で1984年に、農業資材開発を目的に起こした。キノコの菌糸体を培養したエキスが植物の成長を促していることを発見し、社名の由来にもなった「アミノアップ」を製品化した。次に、目をつけたのが人への応用だ。抽出過程で出る無菌培養した担子菌のエキスの生理活性機能に着目。約5年かけて機能性食品「AHCCⓇ」を発売した。
当時、健康食品(機能性食品)の分野は黎明期で玉石混交だった。中には、不安な患者につけこんで根拠が不確かな製品を高額に売る業者や、あやしい広告があふれていた。小砂氏はそうした業者と一線を画し、製品の信頼を得るためにはエビデンスが必要と判断。東京大学薬学部、帝京大学薬学部、北海道大学医学部などの協力を得て科学的なデータを集める。研究者から情報交換の場づくりをしてほしいと要望を受け、1994年にAHCC研究会が誕生した。翌年の第1回研究報告会は20人規模だったが、会を重ねるごとに数が増える。2016年に現在の「統合医療機能性食品国際学会」に名称を変更、今や数百人規模の国際学会へと変貌を遂げた。経済産業省北海道経済産業局や北海道、札幌市なども後援、学会で優秀な発表を表彰する制度も導入された。
ICNIMの初代会長である細川真澄男・北海道大学名誉教授は「健康を増進させ、病気を予防するために機能性食品の果たす役割が再認識されている。研究者が研究者に声をかけ、AHCCの効果と仕組みの研究会が今や広範な機能性食品を検証する統合医療の国際学会に成長した」と振り返る。
西洋医学を補完
「近代の西洋医学だけでは、患者の苦痛を完全に解放することができない。患者の生活の質(QOL)を向上するためには、補完代替医療を網羅した統合医療が求められている」と説くのは現在の会長の伊藤壽記(としのり)・大阪がん循環器病予防センター所長だ。
伊藤氏は消化器外科、特に膵(すい)臓移植の専門医だ。膵腎同時移植や自家膵島移植を実施するなどまさに移植という近代西洋医学の最前線にいた。しかし、移植で臓器の機能が回復しても、術後に患者の神経障害や血行障害などの合併症が残ったり、苦痛が続く。しかし、近代医療はそこで終了になり、患者の痛みが取り残されてしまっていた。
また、社会の高齢化が進み、疾病も急性から高血圧や糖尿病などの生活習慣病に構造変化している。対症療法が主体の西洋医学では限界があった。食品はじめヨガやマッサージ、鍼灸、ハーブなどの補完代替療法を組み合わせ、ミクロではなく患者全体を包括的にとらえる統合医療の必要性を実感したという。
免疫力でHPVや新型コロナウイルスに対抗
ICNIMの柱の一つであるAHCCの研究で、画期的な発表がある。女性の健康やがんに関連した薬理学的な手法を研究している米国・テキサス大医学部のジュディス・スミス教授は、AHCCの継続的な摂取によって子宮頸がんの原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)が体内から消失したと報告した。
HPVに感染しても通常、身体の免疫が働き、自然に身体から排除される。しかし、排除されなかったり、継続的にHPVに感染すると子宮頸がん発症のリスクが高まる。世界の子宮頚がんの罹患数は年間約60万人、死亡者は約34万人にのぼる。子宮頸がんはワクチンで予防はできるが、感染してしまうと、胃潰瘍のピロリ菌と違って薬で排除できない。スミス教授は、感染が判明した女性のがん発症の不安を目のあたりにしてきたという。
2012年~14年、同教授はマウスの動物モデルで成果を確認、米国の癌統合医療学会(SIO)や婦人科腫瘍学会(SGO)に発表。2018年には子宮頸がんの発症が高リスクの型のHPVに2年以上感染した女性を対象にした第Ⅱ相無作為化二重盲検プラセボの比較試験の成果を発表、ICNIMの優秀研究報告賞を受賞した。
第30回年会(ICNIM2022)では、新型コロナウイルスが猛威をふるっていた時期、患者の治療にあたっていた大阪の北河内藤井病院で、ワクチン接種前にAHCCを摂取した医療従事者のグループには感染者が出なかったが、摂取していないグループで感染者が出たという報告がなされた。免疫に働きかけるメカニズムの解明はさらに研究を待たなければならないが、感染症対策として注目された。
今年はエピジェネティクスをさらに深堀
今年11月8、9両日に札幌で開かれる第33回年会の基調講演も、昨年に引き続きエピジェネティクスがテーマだ。世界保健機関(WHO)・国際がん研究機関(IARC)のズデンコ・ヘルツェグ博士を迎え、がんとエピジェネティクスの最先端の研究状況について講演する。
学会の実行委員長を務める高成準(たかなり・じゅん)氏は「エピジェネティクスについて昨年の学会で本格的に取り上げた。今年はさらに深堀リしたい。食事などのライフスタイル、環境要因で遺伝子発現のオンオフが制御できれば、がんの発現を抑えるなどの予防につながることになる」と話す。
機能性食品や民間・伝統医療は保険診療ではなく、日本では統合医療的なアプローチがなおざりにされがちだ。統合医療においてエビデンスを明確にして医療を行うことは病気の予防、ひいては医療費コスト削減につながる。ICNIMは札幌から、機能性食品がもたらす統合医療の可能性を世界に発信し続けている。
筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)
This post is also available in: English