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大容量リチウム電池が動力源で、温室効果ガス排出量もゼロという環境負荷も低減したEVタンカー「あさひ」が建造され、4月下旬に千葉から横浜までの初航海を行った。バッテリー動力100%で、電気の力だけで動くタンカーは世界初。船員の仕事は労働環境の問題を理由に敬遠されることもあるが、あさひは、騒音や振動、においなどが低減されており、船員の負担も少ないのも特徴だ。建造したのは、香川県丸亀市の興亜産業。竣工直前、この次世代タンカーの内部を取材した。
温室効果ガス排出ゼロ
あさひは川崎港(川崎市)を拠点に東京湾内で船舶給油用の内航船として就航した。船主は商船三井グループの旭タンカー(東京都千代田区)。操船もメンテナンスも従来のタンカーに比べて数段簡便という。
船内バッテリールーム2室の大容量リチウムイオンバッテリーからの電力で、モーターを駆動。プロペラを回し、舵(かじ)と推進機が一体構造で向きを360度変えられる川崎重工オリジナルの旋回式推進機2基を作動させる。横方向への移動がしやすい推進機2基も備え、離着岸での操作性が向上している。
バッテリー容量は3480kWhで、一般的な電気自動車約100台分に相当する。直流(DC)マイクログリッドを採用し、電気効率の向上、重量やサイズの圧倒的削減を実現した。
航行、離着岸、荷役、停泊中などの全てを陸上からの充電でまかなう。大容量バッテリーは陸上に電力を供給でき、災害時に非常用電源としても活用できる。
温室効果ガスのCO2、粒子状物質(PM)、窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(SOx)の排出がない「ゼロエミッション」状態が可能で、燃料の重油流出の恐れもないため、海洋環境に優しい。
旭タンカー経営企画部の沢田真さんは「給電に再生可能エネルギーを使えば100%再エネ電力での運航が可能」。企画・開発に携わった電気推進船ベンチャーのe5ラボ(東京都千代田区)の最高技術責任者(CTO)、末次康将さんは「既存船と比べ最大で50%の省エネが可能」と説明する。
操船はゲーム感覚
操船室は、航空機の操縦室ほど複雑ではないが、椅子の周囲にバッテリーや推進機の状況、船首や船尾のカメラ映像などをモニターで一元的に表示する。操船システムは、基本的にゲーム機のようにジョイスティック1本で動かせる。
メンテナンスは、各メーカーが各装置を遠隔監視システムで見張り、故障だけでなく不調の予兆も検知し、パーツごと交換すれば修復が完了する。手間が減るだけでなく、熟練の技術や経験を備えた機関士がいなくても整備が行える。
ディーゼルエンジンがないので騒音、振動、オイル臭から解放され、暖機運転も不要で、船員の労働環境改善が見込めるという。
機関部が省スペース化され、居住区画の広さ、快適性とも改善した。居住区画の上は吹き抜けで、壁面には大型書棚が作り付けられた。船長と船員の個室のほか、リビングスペース、対面式キッチン、浴室・シャワー室などを備える。
内航船員の労働環境改善
外国の港に寄港できる外航船と異なり、国内の貨物輸送専門の内航船は、労働環境が厳しく、高齢化や若年層離職率が高く、船員の確保が大きな課題となっている。
末次さんは「内航船員の労働環境に革命を起こし、老若男女、さまざまな方が安全で快適に働け、円滑なコミュニケーションが生まれるような空間と、将来的に誰でも動かせる船を目指した」と強調する。
あさひは、旭タンカーが令和2年10月に発注し、昨年12月に進水、今年3月30日に竣工した。全長62メートル、全幅12メートル、型深さ4・7メートル、総トン数492トン。速力は約10ノット。重油を積載できるタンク容量は1277立方メートル。
川崎港には、東京電力エナジーパートナー(東京都中央区)が開発した給電ステーションが整備された。1日の運航に必要な電力を夜間停泊の約12時間で充電する。1回の充電で最長24時間の運航が可能という。
外観では煙突がなく、甲板の荷役設備も自動化で省力化され、船尾には陸上給電ケーブルが装備。沢田さんは「EVタンカーだと一目で認識してもらえるインパクトのあるカラーリング。広く知ってもらいたい」と期待する。
船尾側にエンジンを積む従来のタンカーと違い、あさひは船首側にバッテリールームがあり重心の位置が異なる。興亜産業の真砂徹社長は「重量バランスが全く別物なので、イチから造ったようなものだが、世界初の船を手がけられて光栄」と話した。
来年にも徳島県内の造船会社で2隻目の電気推進タンカーが完成予定で、末次さんは「EV水上モビリティーの世界的な開発競争が激化する中、瀬戸内海の造船会社が牽引(けんいん)していきたい」と意気込んでいる。
筆者:和田基宏(産経新聞)
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