生殖にみる深海の巨大生物ダイオウイカの実像

謎に包まれた世界最大級の無脊椎動物、ダイオウイカ。深海に潜む巨大生物の実像にどこまで迫れるか。

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深海に生息する世界最大級の無脊椎動物、ダイオウイカ。大航海時代の船乗りたちに恐れられた伝説の怪物「クラーケン」の正体ともされる謎に包まれた存在だが、日本海沿岸に漂着した個体を分析した最新の研究で、他のイカとは異なる独特な生殖様式も浮かび上がってきた。地球で最後のフロンティア、深海に潜む巨大生物の実像にどこまで迫れるか。注目が集まっている。

今年4月、福井県小浜市の宇久(うぐ)海岸で地元の漁師が海を漂う赤色の大きなイカを発見した。

知らせを聞いて駆け付けた市職員が目の当たりにしたのは、3.35メートルにもなるダイオウイカ。すでに海岸に漂着していたが、腕はうねうねとたなびくように動いていた。「大きい」「生きているのは珍しい」。海岸に集まった住人らから感嘆の声が漏れた。その後、越前松島水族館(同県坂井市)で公開され、子供たちがじかに触れて楽しんだ。

日本の沿岸に多く漂着しているダイオウイカ。2本の長い「触腕(しょくわん)」を伸ばすと、全長は18メートルに達する個体もあるといわれる。

一般的に水深200メートル以上を「深海」と呼ぶが、国立科学博物館名誉研究員の窪寺恒己氏(71)=海洋生物学=によると、ダイオウイカは主に600~1000メートルの中層域に生息する。水深1000メートル以上になると太陽光が全く届かず、中層域では1000メートルに近づくにつれ、太陽光が弱まっていく。

平成24年、窪寺氏のグループは深海を調査し、世界で初めて生きたダイオウイカと遭遇した。他のイカや魚を食べているとみられるが、いまだに詳しい生態は分かっていない。

適温を求めて

日本海に生息しているダイオウイカは、主に冬に日本の沿岸に漂着する。

窪寺氏によると、ダイオウイカが生息する場所の水温は4~10度程度。しかし冬になると、日本海の水温は下がっていくため、ダイオウイカは適温を求めて日本列島近くに移動するとみられる。そのうち、弱った個体などが岸に打ち上げられたり、漁網に入ったりするようだという。

窪寺氏らの集計によると、日本海の海水温が特に低かった平成26、27年には、日本海側で計50匹以上が漂着。ダイオウイカがこれだけ多く現れる海域は世界的に珍しい。

特定の雄から

近年、日本海沿岸に漂着したダイオウイカの調査で、多くの他のイカとは違う生殖方法を取っている可能性が浮上した。

ほぼすべてのイカやタコの仲間は「乱婚」で、1匹の雌に複数の雄が精子を受け渡すとされる。ダイオウイカも同様に乱婚の形態をとると考えられてきた。

京都水族館で特別展示された全長約4・8メートルのダイオウイカ=2020年1月21日、京都府京都市下京区の京都水族館

しかし、令和2年に京都府伊根町に漂着した雌の体に付いていた5カ所、計66の精子の塊を島根大生物資源科学部の広橋教貴教授(57)=繁殖生物学=らのグループが調べたところ、すべて同じ雄由来の精子であることが分かった。

精子が付いた状態の雌が発見されることは珍しく、さらなる検証が必要だが、ダイオウイカが他のイカと異なり「単婚」で、特定の雄からのみ精子を受け取っている可能性が示された。広橋氏らは昨年7月、この研究結果を国際科学誌に発表した。

深海で進化?

広橋氏は今年4月、小浜市で生きた状態で見つかった個体にも熱い視線を注いでいる。

通常のイカは生殖のために特殊化した腕である「交接腕」を使い、精子入りのカプセル(精莢(せいきょう))を雌に受け渡すことで交尾(交接)が成立する。しかし、小浜市に漂着した雄のダイオウイカは、生殖器を漏斗(ろうと)と呼ばれる噴出口から外に出して直接、精莢を放出していた。

この様子を地元で撮影された動画で確認した広橋氏は「進化の過程で浅い海にいたときには交接腕で交接していたが、深海では生殖器で直接精子を受け渡すようになったのではないか」と考察。深海にすむ他のイカでも、生殖器そのものを雌につけている様子が撮影された例もあるといい、「深海のイカ類は、イカ・タコ類で共通する独特な交接方法を捨て、新たな精子の受け渡し法を進化させている」とみている。

独自の進化をしてきた生き物が生息するものの未解明な部分が多い深海だが、調査技術や機材の発展は日進月歩だ。水中ドローンなども登場し、より深海にアプローチしやすくなっている。広橋氏は「(ダイオウイカに対する)子供たちの疑問に答えられるような情報が得られるよう、研究を進めたい」と話した。

筆者:前原彩希(産経新聞)

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