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訪日外国人客が戻ってきたホテルがひそかに頭を抱えている問題。それは客室に置き去りにされた空のスーツケースだ。円安の日本で爆買いして大きいケースに買い替えたから元のは不要、旅行中に車輪やファスナーが壊れた…などの理由で放置される。これまで「粗大ごみ」としてお金をかけて廃棄するしかなかったが、斬新なアイデアが登場した。「庭のホテル 東京」では置き去りスーツケースをプランターに加工し、屋上で野菜を無農薬栽培している。お客さんへの提供も始まった。
総支配人のひらめき 落ち葉、生ごみ、卵の殻も活用
JR水道橋駅から千代田区側に徒歩4分。都心の15階建てホテルの屋上に足を踏み入れると、ナス、ピーマン、メロン、スイカなどが実り、シソやバジルが生い茂っていた。10個以上あるスーツケースから元気よく枝葉を伸ばしている。
「プチトマトは支柱を建てるため縦型に使っています。深さがあるので根菜にも向きますね。スーツケースは軽くて丈夫。車輪が付いているので移動もさせやすい」と、総支配人の海老沼悟さん(48)。
地上約53メートルの高さであまり虫も付かないという。35平方メートルのスペースに完全無農薬で20種を栽培。完熟したプチトマトをいただくと、皮の弾力から甘くフレッシュな汁がはじけた。
趣味のそば打ちが高じて「天せいろの野菜を一からつくりたい」と、家庭菜園を始めて7年になる海老沼さん。職場屋上での野菜づくりのきっかけは昨秋だ。
ホテルのシンボルである庭の落ち葉を見て「腐葉土にできないか」。その腐葉土に調理場の生ごみを加えて堆肥を、朝食のオムレツで大量に出る卵の殻で石灰を作り、コーヒーの仕入れ先から譲ってもらった麻袋に土を仕込んで、種をまいた。「ただ、麻袋は通気性はいいが保水性がない。保水性のあるプランターもほしい」。館内に置き去りにされ、積み上げられたスーツケースを見て、ひらめいた。「いけるかも!」
自己流で内装を剝がし、強化樹脂の外装に万能ばさみを入れてみた。意外にもすんなりと切れた。「このタイプはここから刃を入れようとか、さばき方のコツがわかるようになっていった。固い金具のあるものは電動工具で切り落とすが、だいたい1個30分くらいでプランターにできます」
仕事の合間に事務所でギコギコと加工し、3月に種まき。4月下旬からリーフレタスをレストランで提供できるようになった。都会の太陽を浴びて育った野菜は「味が濃い」と評判だ。
戦前の旅館を起源とし、「京の雅より江戸の粋」をコンセプトに平成21年に開業した和モダンホテル。宿泊客の外国人率は7~8割に上り、月に数個のスーツケースが置き去りにされている。一方、神田三崎町という歴史的立地を生かし、和の文化をテーマにしたイベント「三崎町サロン」を開いてきた。落語に登場する料理を再現する8月開催のイベント(出演・桂文雀)でも屋上の野菜を使う予定で、全30席が予約で満席という関心の高さだ。
「着物をほどいて雑巾にし最後は灰にして肥料にと、日本人には昔からリサイクルの習慣が根付いている。ものを使い切る和の精神はホテルのポリシーに重なる」と広報担当の赤羽恵美子さん。海老沼さんが一人で手掛け公表していなかった「廃棄スーツケースで野菜栽培」も、このほど正式な「eco庭」プロジェクトに発展した。加工方法の動画公開を薦められている海老沼さん。「スーツケースは旅の思い出の品でもある。使わなくなったら、こんな風に家庭で生かしてもらうのもいいかも」
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地球規模の「SDGs」(持続可能な開発目標)の旗のもと多くの企業がリサイクルに取り組んでいるが、再生コストの負荷が大きかったり、需要があまりなさそうなモノができたり…、大丈夫? と思う企画もある。この試みは、お金をかけずに正真正銘の美味なる果実を生んでいる。その循環が素朴でスゴイ!
筆者:重松明子(産経新聞)
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