人里から消えるニホンノウサギ 卯年に考える自然との共生
野生のニホンノウサギが、いま人里から姿を消そうとしている。
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令和5年の干支である「ウサギ」。『古事記』に神話「因幡の白兎」があるほか、「飛躍」や「子孫繁栄」の象徴とされ、日本人になじみ深い動物だ。誰しも動物園などで一度は愛でたことがあろうウサギだが、日本の固有種で、かつては里山の生き物の代表格だった野生のニホンノウサギが、いま人里から姿を消そうとしている。
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草木に溶け込む茶褐色の毛に、天敵を察知するピンと立った耳と俊敏に走るための筋肉質な後ろ脚-。
「この10年で見かける回数は確実に減った。近いようで遠い存在になってしまった」。そう話すのは、八王子市内に東京ドーム約4個分の面積がある長池公園を管理するNPO法人「フュージョン長池」の小林健人さん(35)。
都内では、八王子市や町田市など4市にまたがる多摩ニュータウンが、実はニホンノウサギが人間と共生する数少ない生息地となっている。大規模宅地や農地が点在する広大な多摩丘陵の雑木林や草原にひっそり生息しているのだ。
ニホンノウサギは、一般に飼育されるアナウサギとは別種のノウサギに分類される。アナウサギが地面に穴を掘って身を隠すのに対し、ノウサギは低い草木が茂る藪(やぶ)を隠れ家とする。
天敵であるタカの仲間などの猛禽(もうきん)類らに狙われやすい日中を避け、夜間にエサとなる下草が豊富な草地や林に姿を見せる。体長50センチほどの小ぶりな体ながら、時速80キロもの速さで疾走する個体もいるという。
長池公園で昨年、園内に設置したセンサーカメラが捉えたニホンノウサギは1羽のみで「この地区ではあと数年でいなくなる可能性もある」と小林さんは危惧する。
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昭和30~50年代ごろにかけて、木材供給のための森林伐採が行われた結果、草地が創出され一時的に増殖したことがあった。ただ、平成10年代には林業の衰退や耕作放棄地の増加で、ニホンノウサギにとって好条件な草原や藪が消え、個体数は減少に向かった。
都心に近い地域では宅地造成で緑地面積が縮小。自然の野山も、手入れの行き届いていない針葉樹が生い茂る「暗い」人工林に変容していった。いずれも落葉樹林や若齢樹からなる林が減ったことで、エサとなる草や低木がなくなっていった。
ニホンノウサギは、北海道や沖縄県などを除き、現在も日本列島のほぼ全域に分布するが、全国的に減少傾向にある。都が公表する絶滅のおそれのある野生生物をまとめたレッドリスト(令和2年版)では、北多摩地域(立川市や武蔵村山市など)において、すでに絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。
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いまやほとんど目にすることがないニホンノウサギだが、人間と共生してきた歴史は長い。旺盛な繁殖力から、日本では古くから「子孫繁栄」や「安産」の象徴とされ信仰の対象でもあった。
十五夜の月とウサギを歌った童謡「うさぎ」や、「兎追いしかの山」の歌詞から始まる唱歌「ふるさと」に見られるように、牧歌的な日本の原風景を連想させる生き物でもあった。
小林さんはいう。「ニホンノウサギは里山のシンボリックな生き物だ。生活に身近な場所にいることに価値がある。人間と生き物が共生することを考えるきっかけになる存在が、ニホンノウサギだと思う」
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