世界で唯一の空気神社 空気の大切さは世界共通 山形・朝日町から発信

山形県朝日町の「空気神社」。空気の重要性を世界に訴える。

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山形県朝日町の山奥に世界で唯一、空気をまつった神社がある。その名も「空気神社」だ。神社といっても、宗教色があるわけではない。朝日町にいた一人の「翁」(おきな)が「火の神も水の神もあるのに、生き物になくてはならない空気を祀った神社がないのか」という疑問から、空気を尊ぶモニュメントとして建立にいたった。町は、空気の重要さを訴えるために、国連の世界環境の日(6月5日)を条例で「朝日町空気の日」と定めた。そしてこの日をいずれ、日本国民全員で空気、そして地球環境を考える祝日にしたいと活動している。

■開帳は年に1度。音の振動で神を感じる

人口約6300人。朝日町は、東北のアルプスといわれる朝日連峰の大朝日岳(1,871メートル)や小朝日岳(1,648メートル)、白鷹山地に囲まれる自然豊かな町だ。

朝日連峰のふもとから、かつて山伏がたどったというブナ林の山道約200メートルを登ると、開けた場所に約5メートル四方のステンレス製の本殿が現れる。

晴天にめぐまれ、真っ青な空と、風に揺れるブナ林の木漏れ日がみがきぬかれた鏡のような本殿に映し出されている。

空気まつりでは、地元の小学生が巫女舞を披露していた(杉浦美香撮影)

「どうぞ、お参りしてください」

町職員の案内に、はしごをつたって約3メートル下に降りた。ろうそくに照らされて浮かび上がったのは、12個の素焼きのカメだ。目をこらしてもカメの中には何も見えない。カメの中身、空気がご神体だからだ。

かしわ手を打ってみた。カメの空気が振動で反響する。その振動で空気を体感することができるようになっている。

町は、条例で「空気の日」と定めた6月5日に近い土日に「空気まつり」を催し、神殿の本殿地下を年に1度、一般公開している。記者(私)は山形県に2011年から3年間、住んでおり毎年、空気を全身に感じたくてこの祭りに足を運んでいた。

■始まりは一人の翁だった

空気神社が生まれたきっかけは、今から50年前に遡(さかのぼ)る。農業に従事していた白川千代雄さんが「ブナ林の中で働くと疲れない。空気のおかげで生きているのだから、空気を生み出す森に感謝する必要がある」と空気神社建立を言い始めた。

ライトアップされた空気神社に続く山道(朝日町提供)

しかし、白川さんは山深い朝日町で町おこしのために芸者を養成しようと言うなど奇抜なアイデアの持ち主で本気にする者はおらず、提案は日の目を見ることはなかった。その後、白川さんは、1986年に73歳で亡くなった。その12年後、空気神社の提案が息を吹き返す。滞在型レクリエーション施設を造る町の「家族旅行村」構想で陣頭指揮にあたっていた町職員が「どこにもない物を」として空気神社を造ることを当時の町長に提案する。しかし、政教分離を気にかけた町長は乗り気ではなかった。

ところが、この町職員はあきらめきれない。地元で町おこしイベントを企画して成功させていた建設会社社長、菅井敏夫(すがい・としお)さんに相談。白川さんの考えに共感した菅井さんは、空気神社建立に動き出した。町では造れないため、町民有志を集め、「空気神社建立奉賛会」を設立して、寄付を呼び掛けていった。

奉賛会の一人で、神社建立のために走りまわった滝川清一さん(2021年に死去)は生前、 記者の取材に「みんな食べることに精いっぱいで、とんでもないという反応だった。空気神社をまつって何になるのか、御利益は何だと聞かれて閉口しました」と当時の苦労を振り返ってくれた。

当時、公害で大気汚染が問題になり、1992年にはブラジル・リオデジャネイロで国連地球サミットが開催されることが決まっていたことから空気神社がメディアに取り上げられるようになり、寄付が朝日町の町民を中心に集まった。その金額は約5千万円にものぼる。デザインも全国のコンペティションを催して決定。白川さんの発案から17年の月日を経た1990年、ついに世界で唯一の空気神社建立にいたった。

空気の大切さを実感するため天を仰ぎ、深呼吸する町民ら(朝日町提供)

完工式には当時、環境庁(現・環境省)長官だった北川石松氏が出席。ジュネーブで開かれた国際会議で、空気神社のことを紹介したという。

■東日本大震災、新型コロナなどの一連の試練を経て

2011年3月に起きた東日本大震災による福島第1原発事故ではメルトダウンが起き、放射性物質を大量に放出され、福島県の隣県にあたる山形も御多分にもれず苦しめられた。2020年は新型コロナ感染拡大で空気まつりの開催を取りやめた。21年から復活するも縮小して開催。今年も規模を小さくしたが、新しい試みとして6月~8月、夜間のライトアップを実施した。

ライトアップされた空気神社の神殿にはブナ林が映し出され幻想的だ(朝日町提供)

記者も今年(2022年)7月、数年ぶりに朝日町を訪問、夜の空気神社に出かけた。山道もライトアップされ、神社は幻想的な雰囲気に包まれている。鏡のようにみがきぬかれたステンレス製の神殿にはブナ林と夜空が映り込み、数分おきにLEDのライトの色が変化していく。日中とは全く違った顔を見せた夜の森に、しぜんと空気、山、自然に我々が生かされているという感謝の気持ちが湧き上がってきた。

山形県は今年、空気のきれいさの指標となるPM2.5(微粒子状物質)の年平均値(国立研究開発法人国立環境研究所の観測データ)を都道府県別に集計したところ、山形が2016年から4年連続で日本一低かったことを発表した。山に囲まれた自然豊かな山形県は、空気のきれいさで日本一という恵みを受けていた。

それに先立つ2018年、韓国・ソウルで催された世界空気フォーラムで、朝日町は「空気神社建立など環境保全を目指した活動を推進した」として、「グッドエアーシティ認定証」が授与された。PM2.5などの汚染物質に国境はなく、世界共通だ。韓国と朝日町が「空気」をきっかけに結ばれた。

鈴木浩幸(すずき・ひろゆき)町長は「朝日町は2020年10月にゼロカーボンシティを宣言しました。青い空、きれいな水と緑をみんなで守り、地球にやさしい町として歩み続けたい」と話している。
 
筆者:杉浦美香
 

※町広報、「空気ものがたり」(西澤信雄著 地方・小出版流通センター)など参照

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