マンゴー生産からチョウザメ養殖、次世代燃料製造も 畜産バイオマス活用でまちの未来開く

家畜の糞尿を発酵させ、その過程で生まれるバイオガスを電力などのエネルギーとして活用する取り組みは、畜産バイオマスという。

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近年話題の「畜産バイオマス」を知っているだろうか。家畜の糞(ふん)尿を発酵させ、その過程で生まれるバイオガスを電力などのエネルギーとして活用する取り組みだ。17年前に事業を始めた北海道鹿追町は現在、このエネルギーを使ってマンゴーなどの農作物生産をはじめ、高級食材キャビアの出荷を目指したチョウザメ養殖、次世代燃料として注目の水素製造など多くの分野で成果を上げている。

エネルギー源に

北海道らしい広大な平野が一望できる鹿追(しかおい)町。人口5200人余りの小さなまちは、人口よりも多い約2万1千頭の乳用牛が飼養されている酪農のまちだ。

同町が畜産バイオマスを始めたのは17年前。地元酪農家の規模拡大が進み、十分に発酵処理されていない家畜糞尿(堆肥)が牧草地などに散布されるケースが増え、「市街地に悪臭が広がったことで町民や観光客から厳しい指摘を受けるケースが増えた」(町農業振興課の城石賢一課長)ことがきっかけだったという。

先進地視察など10年ほどかけて調査を進め、平成19年10月に成牛換算で1日当たり1870頭分の糞尿を処理できる「鹿追町環境保全センター」を町内の中鹿追地区に開設した。

この施設では集まった乳用牛の糞尿や生ごみ、汚泥などを発酵処理してバイオガスを製造。2基のガス発電機で発電を行い、自家使用するほかに余剰分を北海道電力に売電している。また、精製圧縮したバイオガスはメタンガス用の燃焼機器に使えることからバイオマス自動車などへの活用も進めている。

マンゴーなども栽培

同町の取り組みはこれだけでは終わらない。ガス発電時に発生した温水や蒸気などプラントの余剰熱を使い、26年から敷地内のビニールハウスでマンゴー栽培などを開始。高値が付く年末に合わせて出荷しているといい、「1個当たり2~3万円で取引されることもある」(城石課長)と実績を強調する。

「年末に実がなるように栽培しています」と話す鹿追町の城石賢一農業振興課長=4月30日、北海道鹿追町の観光保全センター(坂本隆浩撮影)

栽培品目はこのほか、サツマイモやトマト、小松菜などがあり、サツマイモは干し芋に加工して地元の道の駅で販売するなど商品化にも成功している。

今年で10年目を迎えたチョウザメ繁殖の実証事業では水槽内の温度管理に熱エネルギーを活用している。生育は順調で「今年は出荷できる可能性がある」(同)。

特筆に値するのは、道内で数少ない水素ステーションも兼ね備えている点だ。脱炭素社会づくりに有効な燃料電池自動車(FCV)は水素の供給拠点が不可欠。同センターではバイオガスに含まれるメタンから水素を製造しており、民間企業2社が令和4年5月に立ち上げた「しかおい水素ファーム」の水素ステーションで販売している。家畜糞尿由来の水素ステーションは国内唯一。FCV車で旅行中の観光客が立ち寄る機会もあるという。

鹿追町環境保全センターの外観=(鹿追町提供)

町の公用車にもFCVが導入されており、道内では数少ない水素供給拠点としても関心が高い。

酪農家も期待

中鹿追地区に整備されたセンターは総事業費17億4500万円と投資規模は決して少なくないが、国と道の補助事業を活用したことで町負担は3億5千万円に抑えられている。28年には成牛換算で日量3千頭分の糞尿を処理できる2カ所目のセンターを町内の瓜幕(うりまく)地区に整備。こちらも総額29億円のうち約20億円を国の補助金でまかなった。

利用料金は両センターとも1頭あたり年額1万2570円。構想段階では新たな費用負担に否定的な声もあったが、堆肥化にかかる手間や時間が解消されるなど、農家側がメリットを実感したこともあり「今まで契約解除は1件もない」(同)という。

町内の酪農家戸数は約80戸。このうち糞尿処理を契約しているのは3割ほどにとどまる。城石課長は「現在の施設の処理能力や集荷エリアなどを考慮すると、全町的なカバーが難しい」と説明。未加入の農家から「早く新センターを建ててほしい」という要望も多いといい、新たな施設整備も視野に入れている。

臭い問題の改善とともに、新たな地域経済効果を生み出している鹿追町の畜産バイオマス事業。進むその先には再生可能エネルギー創生という可能性が広がっていた。

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