水素エンジンの世界初「ゼロエミッション船」 中韓と生き残りをかけた開発競争の舞台裏
日本が世界のライバルと競争する中、世界初の水素を燃料としたゼロエミッション船の実現を目指す革新的なプロジェクトが広島で始まった
This post is also available in: English
脱炭素社会への鍵を握るビッグプロジェクトが広島で始動した。次世代エネルギーの一つとして注目される水素を燃料とした船舶用エンジンの研究開発拠点「水素エンジンR&Dセンター」が9月、広島県福山市の造船所内に開設された。2年後の令和8年までに水素エンジンを搭載した二酸化炭素(CO2)を排出しない世界初の「ゼロエミッション船」を建造し、実証実験を行う計画だ。かつて世界の海を席巻した国内の造船業は政府の支援で拡大する中国や韓国勢との競争で疲弊しており、運営会社は「復活への起爆剤になる」と期待を寄せる。
世界初の施設
センターは公益財団法人「日本財団」の「ゼロエミッション船プロジェクト」の一環として建設された。性能試験設備や制御分析室などを備え、水素エンジン開発から水素の貯蔵、船舶への充塡(じゅうてん)までを一気通貫で実施できる施設で、造船所の敷地内に建設されるのは世界初という。船舶用に特化した水素ステーションを海沿いの隣接地に令和7年1月までに完成させ、移動型浮体式水素ステーションも視野に入れる。
運営するのは造船・海運業を中心に事業展開する常石グループと、ベルギーに本社を置く海運大手CMBの研究開発会社「CMBテック」が出資する合弁会社「ジャパンハイドロ」(福山市)。同社は世界初の軽油水素混焼高速エンジン搭載の旅客船「ハイドロびんご」の運航を実現し、30~50%のCO2削減に成功。ゼロエミッション船の建造に向けて段階的な開発を進めている。
センターを水素エンジン開発を目指す研究機関や企業も活用可能なオープン型ラボとして開放することにより、国内における開発拠点化を狙う。船舶用のほか、大型トラックや重機、鉄道などへの活用も想定している。
時間切れ寸前
水素は燃焼時にCO2を出さないクリーンエネルギーとして知られる。風力や太陽光など再生可能エネルギーと違い、天候に左右されずにつくれる利点があるが、化石燃料に比べて製造コストが高い上、輸送や貯蔵には圧縮や液化をする設備が必要な場合もあり、普及の足かせとなっている。
「水素は輸送より地産地消に適しているので、いずれは国内での生産が増え、調達コストも下がってくる」と指摘するのは、ジャパンハイドロの青沼裕(ゆう)取締役社長執行役員。「現実的な水素エンジンの普及を加速させたい。卵が先か、ニワトリが先かとの論法ではないが、水素エンジン船の普及によって水素燃料の需要増加への歯車が回り始めれば」と意欲を示す。
その一方で、青沼さんは「タイムスケジュールはタイトだ」と明かす。
政府は2050(令和32)年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする方針を掲げ、国際海事機関(IMO)も世界の貿易量の約9割を担う国際海運を巡り、同様の目標を打ち出している。
だが、船の使用期間は15~30年と長い一方、1隻製造するのに数年かかり、年間で製造できる隻数も限られるため、水素エンジン船への置き換えには相当時間がかかる。国土交通省は「2030(令和12)年までにゼロエミッション船が建造できるようになっていなければ間に合わない」としており、「時間切れ寸前のところまできている」(青沼さん)状況だ。
次世代につなぐ
海運業界では脱炭素の取り組みが進み、水素への期待は高まる一方、中国や韓国などとのゼロエミッション船の開発競争も激しさを増している。
日本財団の海野光行常務理事は「異分野を巻き込み、開発を強力に推進したい」と強調。青沼さんも「大学などの学術機関、国内メーカーなどとの協業で、水素エンジンの開発、普及の加速を図る。海運業、造船業を次世代につないでいく」と〝オールジャパン〟での勝ち残りを図る考えだ。
水素関連特許の出願数は日本が世界トップ。ゼロエミッション船は日本の造船業復活の切り札となるか。海外のライバルだけでなく、時間との闘いも熾烈(しれつ)を極めそうだ。
筆者:和田基宏(産経新聞)
This post is also available in: English