ユネスコ無形文化遺産登録から10年。和食は健康食といえるのか?

和食がユネスコ(UNESCO)の無形文化遺産に登録されてから10年。「健康食」として、世界に注目されているがその真実は?

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和食(WASHOKU)がユネスコ無形文化遺産に登録された日の12月4日(昨年)、「10周年記念シンポジウム」が催された。今年3月、ロンドンでも和食のユネスコ無形文化遺産登録10周年の関連イベントが催され、改めて和食の基本となる「だし」にフォーカス、和食を次世代に繋ぐ方法が検討された。

登録されて変わったこと

「和食がユネスコに登録されたインパクトは強く、その社会的影響は大きかった」

東京の帝国ホテルで開かれた一般社団法人和食文化国民会議が主催した「1204和食セッション~次世代に繋ぐ和食の集い~」。登録のために尽力した熊倉功夫氏(MIHO MUSEUM館長)が振り返った。

登録後、和食分野から茂木友三郎氏(しょうゆ大手メーカー「キッコーマン」取締役名誉会長)、京料理の老舗「菊乃井」の3代目主人、村田吉弘氏が文化功労者に選出され、同じく文化功労者である元国立民族学博物館館長、石毛直道氏が「食文化」の論文を発表した。

熊倉氏は「(ユネスコ無形文化遺産登録が)和食の社会的地位を引き上げ、生活文化(茶道、華道、書道)に食文化が加わった」と述べ、和食の地位確立につながったことを強調した。そのうえで、「和食はまだ国の重要無形文化財になっていない。食文化というジャンルから人間国宝を輩出したい」とシェフの人間国宝の誕生を新たな目標に掲げた。

ユネスコ登録の活動は、和食文化の存続に危惧を抱いた関西の食の関係者中心に起きたという。登録は国内での和食文化の地位確立と同時に、世界に和食を知らしめることにもつながった。

講演する熊倉氏(杉浦美香撮影)

和食って何?

それでは、ユネスコが評価した「和食」とは何なのか。

シンポジウムで、東北大学大学院医学研究科名誉教授、辻一郎氏と京都大学大学院名誉教授、稲垣暢也氏の2人の講師は、和食を健康の観点で、定義づけた。

まず、辻氏は、和食の構成要素として①食品:米、大豆、野菜、果物、海藻、魚介類。②飲み物:緑茶など。③発酵食品:味噌、醤油、納豆、漬物など。④栄養バランス:一汁三菜など。⑤調味料:味噌、醤油、酢。みりんなど。⑥調理法:椀、和える、煮る、蒸す、焼く、揚げる、酢など。⑦文化:四季・年中行事としての関連―を挙げた。

稲垣氏はこの定義に加え、「日本食の特徴は多彩な食材、多様な調理法と、主食とともに小鉢を用いた副菜も多く、多種多様に富む」と指摘した。

特筆すべきだったのは、辻氏は、和食(日本食)を食品一つといった単体でみるのではなく、パターンとしてとらえたことだ。米飯、みそ汁、魚類、海藻、キノコ類、漬物、緑茶。それは、ひと昔前の日本の朝の食事の姿だった。

年中行事としての和食を表現した展示(杉浦美香撮影)

和食は健康にいいか

世界的に、和食は健康的であるというイメージがある。

辻氏自身が関わった宮城県大崎市の住民約5万5千人(回答約5万2千人)に実施した大規模コホート調査によると、日本食パターンが高いほど死亡率が下がり、緑茶の摂取頻度が高い人ほど認知症の発生リスクが低かった(65歳以上で1日5杯の緑茶摂取で、認知症発生が約25%減少)という。

緑茶は、アルツハイマー型認知症の発生に関与をするβ―アミロイドの脳内凝集を抑制するカテキンや、緑茶特有の神経伝達物質に効果があるとされるテアニンを含んでいる。

お茶の産地で知られる静岡県は、緑茶の摂取量が1位(全国平均の約2倍)で、健康寿命は全国で5位であることも紹介され、日本食に欠かせないお茶は健康的という印象を裏付ける形となった。

会場では、お茶のテイスティングも行われ、大人気だった(杉浦美香撮影)

一方、世界的に健康食として知られるのが「地中海食」だ。

日本では、あまり一般的ではないがギリシャ、イタリアなど地中海沿岸諸国で食べられる伝統食である「地中海食」は、オリーブ油や野菜、果物、ナッツ、豆類、魚介類、ワインなどのパターンで定義づけられる。地中海食は、和食のユネスコ無形文化遺産登録に先立つ2010年に登録された。健康との関わりに関する論文も数多く発表されており、その数は和食の10倍以上に及ぶ。地中海食は循環器疾患(脳卒中、虚血性心疾患)、認知症機能低下、糖尿病、うつなどの予防効果があるという。

「日本食パターンが強い人ほど、寿命が長い」ことは日本人として誇れることだ。その一方で、辻氏は日本が抱える栄養課題として「食塩摂取が多い」ことを指摘した。

日本は、高血圧などの要因となる食塩摂取量が先進国の中で最も多く、世界保健機関(WHO)の基準値の2倍以上を摂取、そのうち6割以上を家庭内の調理で摂取してきた。「和食が健康」というイメージに逆行する課題といえる。このため、日本は健康寿命を延ばすために、食塩摂取の量を減らすことを国の栄養の最優先課題にあげている。

だしのうま味になじむ和食

伝統的日本食の健康への効果・影響を科学的に検証・評価している稲垣氏は滋賀県長浜市の1万人コホート調査やマウスの実験などを引用、「日本は米国に比べても肥満が少ないが、糖尿病になりやすい」ことを紹介した。日本人は、脂肪を蓄えることを手助けするインシュリンの分泌が少なく、皮下に貯められない脂肪は内臓脂肪となり、脂肪や砂糖のとりすぎによる悪影響を受けやすいという。

稲垣氏によると、「脂(あぶら)はうまみが含まれ、おいしいと感じる」が「血糖の上昇や動脈硬化や肥満につながる」という。同氏は日本人は脂肪ではなく、「だしのうま味に馴染む食生活が重要」と提言した。

講演する稲垣氏(杉浦美香撮影)

だしと塩分の関係

「和食の健康価値と可能性」をテーマに行われたパネルディスカッションでもだしについて取り上げられた。

パネリストの一人である和食文化国民会議会長の伏木亨氏は、京都の一流料亭3軒から「一番だし」を入手し、塩分を測ったところ、3軒とも塩分濃度約0.64%前後で、通常のだしの0.8%~1%よりも低かったことを紹介した。つまり、丁寧にとられただしは香りがたち、塩分が控えられても十分においしいという。

パネルディスカッションの様子。㊧から伏木氏、辻氏、稲垣氏(杉浦美香撮影)

ナトリウムフリーの和食をロンドンで披露

ロンドンで今年3月、和食のユネスコ登録10周年を記念したイベントが相次いで開かれた。その一つ、英科学誌ネーチャーが開催した和食のうま味の減塩効果にフォーカスしたイベントで、ロンドンの懐石料理店「露結」のオーナーシェフ、林大介氏が「日本の食文化を通じたうま味の発展と活用」について講演し、ナトリウムフリーの料理を披露した。

うま味についてプレゼンする林氏(同氏提供)
会場でふるまわれたナトリウムフリーの料理(同氏提供)

ロンドンにいる林氏にオンラインでインタビューを実施した。

林氏が使用したのは、うま味調味料のグルタミン酸カリウム、ドライトマト、ドライモリーユ(キノコ)。これらでだしを作り、そのだしでナス、マッシュルーム、カボチャ、エンドウといった野菜をそれぞれ煮て、カリフラワーを蒸してペーストにしてだしと葛で作ったピューレの上に配置したという。

「バターやクリームを一切、使わなくても、素材の味だけで十分においしくなります」と林氏。

和食で使う「一番だし」は、昆布とかつお節を使うが今回は、このかつお節も封印し、植物由来のだしだけでチャレンジした。

「人がおいしいと感じるのは脂肪と炭水化物、うま味。食事をおいしくするには油、砂糖、塩を使うが、油と砂糖はカロリー、塩はナトリウムという問題がある。うま味は、どちらでもなく、低カロリーで低ナトリウムのおいしい食事をデザインできる」という。

ミネラルの観点でいうと、植物はカリウムの比率が高く、植物由来のだしでナトリウムを避けることができ、畜産が与える環境負荷の問題にも寄与することができる。
和食がユネスコ無形文化遺産登録から10年。和食を次世代に残す一つのヒントが示唆されていた。

「和食は水の料理であり引き算の料理。食材に手を加えず、うま味を活用する」と語る林氏(同氏提供)

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