ユネスコ無形文化遺産に登録されたタイ料理「トムヤムクン」を科学する

国連教育文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたタイのエビ入りスープ「トムヤムクン」。タイと日本の研究者が協力してその美味しさを感覚科学で解き明かすプロジェクトが始まった。

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タイ料理を代表する「トムヤムクン」が昨年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録された。世界三大スープの一つとされるトムヤムクンを最新の「感覚科学」で解き明かす日本とタイとの共同研究が2月、開始された。

感覚科学のアプローチ

「感覚科学」とは人の五感である視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を通じて得た情報が嗜好や感情にどう影響するかについて研究する。従来は、分子ガストロノミーとして料理を物理的、科学的に分析するのが主流だったが、これでは社会・心理学的アプローチにたどりつかないことから発展した。

日本とタイの研究者、産業界は2022年、味の素の支援でこの感覚科学の最新知識と技術を共有し、食の栄養的価値だけではなく、精神的心理的価値を引き出すために「よりよい幸福のための感覚科学のネットワーク」(SSBW)を設立した。

日本では2013年、和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、和食の健康への寄与を検証する研究が進められている。SSBWは、登録では約10年先輩である日本を参考にトムヤムクンについて調査研究を行うことになった。

トムヤムクンはタイの味噌汁?

トムはタイ語で「煮る」、ヤムは「和える」、クンは「エビ」を意味する。エビはレモングラス、ガランガル(ジンジャーの一種)の根、ライムの葉、エシャロットなどのハーブと共に茹でナンプラー(発酵醤油)などで味付けし酸味、辛味、甘味、わずかな苦味などの複雑な味が組み合わされている。

インタビューに答えるピチェット博士(杉浦美香撮影)
インタビューに答えるスイモン博士(杉浦美香撮影)

トムヤムクンについてタイの食品業界、食品科学を代表するチュランコン大のスイモン博士とタイ食料・飲料産業連盟のピチェット事務局長に話を聞いた。

SSBW会長でもあるスイモン博士は「煮込みすぎてはいけない。せっかくのハーブの香りがとんでしまうからだ」と説明する。長く煮込まないのは、和食のダシにも通じることだ。また、「ガランガルやレモングラスは消化を助け、抗炎症の役目がある」と健康面の利点も教えてくれた。

一方、「トムヤムクンはタイの国民食であり、日本の味噌汁のような存在だ」と語るのはピチェット博士だ。日本で研究生活を送ったことがある同氏は「味噌を使ったり吸い物だったり、地域によって見た目も味も違う。トムヤムクンも透明なものもあればココナツミルクで色も味も濃いものがあり、地域で異なる」と説明する。

さらに、「日本の調味料にはそれぞれ独自のストーリーがあるが、タイではまだ十分ではない。無形文化遺産に登録された以上、日本から学び、タイの食文化をソフトパワーにしたい」と述べた。

SSBWで幸福を追求

バンコクで2月、「多感覚的な食事:味覚と幸福の根底を探る」と題したシンポジウムが、SSBWの事務局を務めるチュランコン大学心理学部の主催で開かれた。

同学部の学部長でSSBW副会長のナタスダ博士は、「料理をすることでネガティブな感情が減り、ポジティブな気持ちが促進される。家族と共に料理することが世代を超えた絆を深め、認知症治療にも役立つ」と述べた。

さらに、五感を使って食事をする「マインドフルイーティング」を紹介。①食べ物を持ち、見つめ、触って感じ、耳を澄ませる②匂いを嗅ぐ③すぐに呑み込まず味わう。こうしたステップが健康的な食行動を促し、精神衛生上よい影響を及ぼすと述べ、「食」のウェルビーイングの可能性を指摘した。

講演するナタスダ氏(杉浦美香撮影)

屋台で実地調査

筆者はSSBWメンバーとバンコク・カオサンストリートにあるトムヤムクンが評判の屋台「ジェーゴップダープア」を訪れた。オーナーが顔を白塗りにして料理しながら踊ることでも知られる。

料理しながら踊る店主(杉浦美香撮影)

運ばれたトムヤムクンを味わってみた。エビの香りが強烈だ。口に入れるとコクとうま味が広がった。店主は美味しさの秘訣として「エビミソとうま味調味料だ」と明かす。トムヤムクンのユネスコ文化遺産登録の影響については「世界的に知られるようになったことは喜ばしい。これから客足が増えると思う」と期待を寄せた。

塩分濃度を測定(杉浦美香撮影)
グルタミン酸濃度を測定(杉浦美香撮影)

日本から持参した簡易測定器でスープの塩分を測ると2.32g(1L中)、日本の味噌汁(味噌汁1.2g~1.5g)の2倍近かった。うま味成分であるグルタミン酸は、かなり希釈しても50ppm以上あり味噌汁以上のうま味があることが予想された。

プロジェクトをサポートしている味の素のシニアスペシャリストでNPO法人うま味インフォメーションセンターの畝山寿之理事は「食文化を国のソフトパワーにする先輩でもある日本がリードして、タイのウェルビーイングを盛り上げていきたい」と話す。

SSBWは今後、タイの国民食であるトムヤムクンの真の価値の解明を進め、来年のタイ王室が主催するグローバルヘルス国際会議(PMAC)でその成果を発表する予定だ。

トムヤムクンが愛される背景や美味しさを解き明かす試みは、食のウェルビーイング向上のモデルになりそうだ。

SSBWのメンバーら(杉浦美香撮影)

筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)

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