産業廃棄物業界で、SDGsをリードするトップランナー、ツネイシカムテックス株式会社(広島)のトップに聞く「リサイクルでカーボンネガティブへ」

曽我の出身の豊島は、今でこそ「アートの島」で知られるが、1973年から13年間、国内最悪とされる産業廃棄物の不法投棄が行われた。高濃度のダイオキシンが問題となっており、曽我は当時から、個人的にダイオキシンについて情報収集、それが買われた形となった。

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産廃処理に業界のトップランナーになっているツネイシカムテックスのルーツは船舶の廃油処理だ。1967年5月、神原クリーニングサービス株式会社としてスタートした時は社員はたった4人だった。1970年に施行された海洋汚染防止法に対応するため、廃油処理プラントを設置し、廃油処理運搬船を造船。74年の瀬戸内海の油流出事故の処理を担ったことがきっかけになり、75年、産業廃棄物処理の許可をとり、産廃処理事業に拡大する。今や、処理からリサイクルまで行う業界の雄に成長している。代表取締役の曽我友成は地球の未来を見据え、「リサイクルで、カーボンネガティブを追求したい」と話す。

ツネイシカムテックス(株)代表取締役 曽我友成。(写真提供:杉浦美香)

■ダイオキシンがきっかけだった

―大学では、有機合成を研究されていたということですが、入社の経緯を教えてください。

分析装置を使うことが楽しく、大学卒業後に分析装置を販売するメーカー(東京)に就職、セールスエンジニアをしていました。広島営業所勤務時代、代理店に転職、当時、常石造船のリサーチセンターで、環境測定のために分析装置を購入して頂き、転職のお誘いを受けました。機械と一緒に、私も買ってくれたということでしょうか(笑)。造船不況真っ盛りの時期です。待遇も正社員ではなく、契約社員で給与も下がりました。ただ、社宅があったので、実質的には同じだったのですが……。妻のお腹に長男がおり、家族は心配していました。しかし、環境の測定をするという事業に魅力を感じました。

ある時、焼却炉のダイオキシン類排出の規制対策会議に、リサーチセンターの所長と私が呼ばれました。会議で、ダイオキシン類の対策の焼却炉について思ったままにいろいろ発言しました。金曜日の午後3時からの会議だったのですが、翌週の月曜には、旧カムテックスの2代目社長、神原浩士に「そのままこちらの事務所にこい」と言われ、新しく作る焼却設備建設プロジェクトの担当をすることになりました。

曽我の出身の豊島は、今でこそ「アートの島」で知られるが、1973年から13年間、国内最悪とされる産業廃棄物の不法投棄が行われた。高濃度のダイオキシンが問題となっており、曽我は当時から、個人的にダイオキシンについて情報収集、それが買われた形となった。

■一人一人が動く、風通しのよい社内

ツネイシカムテックスの歴史は、産廃事件、事故に向き合う歴史でもある。1997年1月2日、島根県隠岐島沖の日本海で起きたロシア船ナホトカ号重油流出事故では、国の要請を受け、回収された4万トンの油の半分、約2万トンを処理した。

―ナホトカ号重油流出事故のとき、どうされたのですか?

カムテックス入社1年目のことです。油を回収したドラム缶が船で到着したら造船の岸壁で、専用の吊り具で吊り上げ、荷下ろしする作業も行いました。今でこそ、百名をこえる社員がいますが、当時は50人程度。総動員であたりました。

―社内は風通しがよく、あらゆる意思決定が早いのでは

当時、フロアの中央に来客のためということでソファーが置かれていましたが、神原浩士社長は社長室におらず、そのソファーに陣取っていました。そこで、社員の電話応対を聞いているんです。声を潜めると「声が小さい」と言われたりしました。大変ではありましたが、社長がその場で判断するのですから、プロジェクトの決断も早かったです。

―歴代社長の伝統でしょうか?

私自身は、中間管理職に判断してもらうようにしています。社の規模も大きくなっています。トップダウンの方が物事は早く進むのですが、それでは人が育たないと思います。

■目指すは完全リサイクル

2002年、産業廃棄物総合リサイクルプラントとして完成した福山工場は日本有数の処理能力を誇る。隣接地に自社最終処分場を持ち、産業廃棄物の無害化や安全な処理で100%の完全なリサイクルを目指している。

―御社の目指すところを教えてください。

廃棄物処理業界で、持続可能な社会の実現に必要不可欠の存在になりたいと思っています。核となっている福山工場は今の形となり約20年になりますが、最新の性能を持っていることで評価してもらっています。危険物、有害物を含むドラム缶等の廃棄物を溶融処理して資源化。発生する熱で蒸気タービンによる発電を行い、サーマルリサイクルも行っています。また、グループの東広商事・サニークリエーションプランニングでは、マテリアルリサイクルができない廃プラスチックを使って、セメント燃料やRPFと呼ばれる固形燃料を製造しています。

菅政権が2021年10月、温室効果ガス排出の実質ゼロ、カーボンニュートラルを目指すと宣言し、日本の企業も怒涛のように環境投資を行っています。世界の歩調に合わせるギリギリのタイミングだったと思います。

我々も、消費されたものを製造現場の原料としてもう一度使用する、サーキュラーエコノミーの一翼を担いたいと考えています。
九州大学、東京大、東工大、早稲田、岡山大といった大学と連携し、廃棄物からの物理選別による有価物の回収や、高機能商品の開発、熱処理プロセスの高度化、廃棄物由来の水素、バイオマスなどの燃料開発を行って行きたいと考えています。

カーボンニュートラルから温室効果ガスの量より吸収する量が大きい状態を意味する、カーボンネガティブを目指しています。

■いつか来た道の日本の知見を、アジアで役立てる

―タイの水処理プラントのエンジニアリングやベトナムの灰の焼却処理プラントの事業化調査などを行っています。海外戦略を教えてください。

高度成長時代の日本は今のように環境規制がなく、公害や大気汚染が起きました。そこから今のように環境に配慮した国になり、水質浄化も進みました。瀬戸内海はきれいになりすぎて、逆に栄養が足らないぐらいです。東南アジアも工業化が進む一方で、大気汚染や排水による水質汚染といった課題が表面化しています。焼却せずに埋め立てられたゴミが発火したりしています。人や動物の健康を害さずに発展するため、日本の技術が一助になればよいと思います。

―東南アジアは世界の生産拠点になります。環境事業は核になってくるのでは。

力を入れています。社員も韓国で募集しました。87人の応募があり、最終的に4人が入社することになりました。企業が成長するために、国際的な人材が必要です。彼らはアクティブで前向き。他の社員にも刺激になると思って期待しています。

■未来の子どもたちのために

―座右の銘と夢を教えてください。

「誠実」です。信頼してもらうために、最も大切なものだと思います。つながりを大切にしています。履歴書にも書いた言葉です。

今の子どもたちが幸せな生活を送ることができるようにしたい。これに尽きると思います。

筆者:杉浦美香

■ツネイシカムテックス(株)代表取締役 曽我友成(そが・ともなり)
1965年、香川県土庄町(豊島)生まれ。大阪工業大学工学部卒業後、分析機器メーカーを経て、1994年、常石造船に契約社員として入社。96年、ツネイシカムテックス社(旧カムテックス)に社員として入社。営業部次長、技術開発部部長を経て、2017年1月から現職

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