「世界2位の汚染産業」の汚名返上 アパレル業界救う「水なし」デジタルプリント

ファッション業界は「世界2位の汚染産業」といわれ、環境負荷軽減へ重要性が高まっている。

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アパレル分野でインクジェットプリンターの技術を活用して生地に図柄を印刷する「デジタル捺染(なっせん)」が広がり始めている。ファッション業界は「世界2位の汚染産業」といわれ、水の大量消費と製品の大量廃棄が大きな問題となっている。デジタル捺染は従来の製法と比べて水の消費量を最大100分の1以下まで減らし、小ロット生産による廃棄の減少も期待できることから、環境負荷軽減へ重要性が高まっている。

世界の汚染水の20%

生活に欠かすことができない衣服だが、実は環境負荷が高い産業として近年問題になっている。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、ファッション業界は年間約930億立方メートルの水を消費しており、世界の工業用汚染水の約20%は繊維の染色や処理によって排出されているという。

例えばジーンズ1本を作るには約7500リットルの水が必要で、人が7年間で飲む量に相当する。このように衣類の生産は水などの資源を大量に消費するうえ、低価格で手軽に着られる「ファストファッション」の浸透で大量生産・大量消費に拍車がかかっている。

そこで注目されているのがデジタル捺染だ。その名の通りデジタルデータをもとに生地にさまざまなデザインを印刷する手法で、紙用のプリンターと同様にインクジェットのヘッドからインクを塗布するため、従来必要だった製版を作る工程がなくなる。

従来は製版の費用がかかるため大量生産によって1着あたりのコストを下げなければならなかったが、製版のいらないデジタル捺染なら小ロット生産が可能になる。必要な量だけ生産することで、無駄な廃棄の削減が期待できる。

水の消費量0.02リットル

デジタル捺染でも使うインクの種類によって水の消費量は大きく変わり、ほとんど水を使わないが用途に限りがある「顔料インク」と、一定量の水を使うがあらゆる布に使える「染料インク」がある。それぞれ一長一短があるが、日本企業の研鑽(けんさん)でこの常識が打ち破られつつある。

京セラは、水をほとんど使用しない顔料インクに特化したデジタル捺染機「FOREARTH(フォレアス)」を発表した。顔料インクは水の消費が非常に少なく、繊細な印刷が可能で耐光性に優れるなどの利点がある。ただ、印刷した部分が固くなるためTシャツなどの限定した用途以外に使いづらく、あまり普及してこなかった。

京セラは独自開発の顔料インクに特殊な前後処理液を使用することで、やわらかく染料インクとほぼ変わらない風合いに仕上げることに成功。捺染機1台で綿や絹の天然繊維や、ポリエステルなどの合成繊維までさまざまな生地に印刷できるため、生産効率も向上するという。

顔料インクを多種多様な服に使えるようになることで大きく変わるのが水の使用量だ。従来の捺染では布地に図柄をプリントする「捺染」、色を定着させる「スチーム」、余分な染料を洗い落とす「洗浄」などの工程で大量の水を使う。生地1キロに印刷する際に使用する水は約150リットルに上る。これが顔料インクを使うフォレアスだとわずか0・02リットルに抑えられる。生地を送り出すベルトに付着する糸くずなどを洗い流すために少量の水を使うのみで、印刷の工程では水が不要になる。

大量の水を使わなくなると、捺染機の設置場所の制約がなくなるメリットもある。排水を流すために川沿いに工場をつくらなくてよく、洗浄の工程などがなくなることでラインの長さも約100メートルから10メートルまで短くできる。アパレルメーカーが集まる都市部に設置することも可能で、輸送距離が最低限になり、脱炭素への貢献にもつながる。

京セラIDP事業開発部の谷口昌・副事業部長は「当初は顔料インクというだけで敬遠されるお客さまが多かったが、実際に印刷の品質を見てもらうと『使いたい』という声が増えている」と話す。

必須となる環境配慮

約20年前からデジタル捺染機を販売するセイコーエプソンは、顔料インクと染料インクにそれぞれ対応した製品をラインアップする。同社によると、ファッション業界のデジタル捺染化は進んでいるものの、いまだ約9割が従来の方法を続けている。

これまでデジタル捺染の大部分は染料インクの製品だったが、同社C&Iプリンター営業部の奥苑(おくぞの)一臣部長は「ここ2、3年で顔料インク対応製品の注文が増え、現在では注文数は同程度になっている」と話す。デジタル捺染であっても染料インクの場合は水の使用量が半分程度にしかならないが、顔料インクは大幅な削減が可能なため、企業に選ばれるようになっているという。

背景にあるのは、世界的な環境意識の高まりと、欧州を中心とした工業廃水や衣類廃棄の規制強化だ。ファッション業界は急激なデジタル捺染化を迫られており、大手ブランドは環境配慮のため顔料インクのデジタル捺染機で作られた生地を求める。

ただ下請け工場がすべて切り替えるのは難しく、まだ顔料インクが不向きな製品もある。奥苑氏は「デジタル捺染が全体の30~40%にならないと業界全体のシフトは起こらない。価格やインクの種類など多様なラインアップをそろえることで貢献したい」とする。

愛媛大教育学部の竹下浩子准教授は「海外の高級ブランドは染め物工場に依頼する際も排水の処理方法などを詳細に確認する。環境負荷の対策をとらなければ、顧客に振り向いてもらえなくなる」と警鐘を鳴らしている。

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