「アジア若手栄養士ネットワーク」が日本で発足 12カ国・地域が参加

アジア諸国の若い栄養士らが、各国の栄養問題の解決にむけ、共同で取り組む「アジア若手栄養士ネットワーク」が昨年、日本で発足した。

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アジア諸国の若い栄養士らが、各国の栄養問題の解決にむけ、共同で取り組む「アジア若手栄養士ネットワーク(Asian Young Dietitian Network、AYDN)」が昨年、日本で発足した。参加者は日本を含め12カ国・地域にのぼり、アジアの栄養士の結束に尽力することを宣言した。

力を合わせ、栄養士の地位の強化へ

東京都中央区の「味の素」本社の会議室で昨年12月1日、「アジア若手栄養士ネットワーク(AYDN)」のキックオフミーティングが開かれ、アジア各国の20代~40代の栄養士ら約20人が会していた。

参加したのはバングラデシュ、インド、インドネシア、フィリピン、スリランカ、マレーシア、台湾、タイ、カンボジア、ベトナム、日本の11カ国。オンラインのブータンを含めると12カ国・地域にのぼった。

最初に、十文字学園女子大学大学院で留学しているベトナム人院生、グェン・テュ・チャン(Nguyen Thu Trang)さんがAYDNの目的や発足の経緯、活動方針を報告した。

「このネットワーク(AYDN)が各国の栄養士の地位を強化するとともに、栄養士が尊重される社会を実現したい」とグェンさんは熱く語った。

AYDN発足のきっかけは、2022年8月に横浜市で開かれた、「第8回アジア栄養士会議」に遡る。これは4年に1度、アジア栄養士連盟加盟国が参加する会議で、2022年は日本が初のホスト国となった。そのプログラムの一つとして、十文字学園女子大学の学生・院生・卒業生らが中心に行った「アジアの若手栄養士の未来について語ろう」というワークショップで、各国の栄養士らが自分たちの環境や問題点について白熱した議論を戦わせた。

アジア若手栄養士ネットワーク
キックオフミーティングの様子。参加者の視線は熱い(杉浦美香撮影)

アジアの栄養諸問題を解決するためには、若手栄養士の育成が必須だ。ワークショップを1度で終わらせないために、「味の素」社がサポートを申し入れ、アジア栄養・食文化研究所(十文字学園女子大)と同社の共同研究としてAYDNを作ることになった。

会議では、活発な議論が行われた(杉浦美香撮影)

今後、オンラインでの定期的な情報交換、各国で共同研究や調査を行い、その成果を発表する。対面の会議は今年(2024年)4月、タイ・バンコクで開くことになった。

栄養不足と肥満が混在するアジア

会議では、参加者が自国の豊かな食文化、そして健康課題、栄養士の養成制度などについて発表した。

バングラデシュでは、妊娠可能な女性(15-49歳)の37%が貧血で、乳幼児は43%とさらに高く、栄養不足や感染症、貧困などが背景にあるという。

バングラデシュの妊娠可能年齢女性の貧血の割合(バングラデシュの発表資料から)

カンボジアでは、幼児の栄養不足とともに、ほかの年代において糖分や脂肪分の多い食事の摂取から栄養過多の問題も生じていた。

インドでは、人口の40%が栄養不足の一方、約40%が肥満を抱えている。特に深刻なのが糖尿病患者の増加だった。

肥満に縁がない印象が強いベトナムも都市部でも子どもの肥満が問題になっているという。

アジアの飢餓状況は経済成長が進み改善されている。しかし、今も貧困などによる栄養不足の一方、伝統的に糖質や脂質が多い食事や、食べ物の欧米化の影響などから栄養過多、肥満、糖尿病の増加といった問題を抱えていることが明らかになった。

栄養士は尊敬されているか?

参加国の大半の国に栄養士の養成制度があった。ナズニン・フセイン(Naaznin Husein)さんによると、インドの管理栄養士(registered dietitian)は約17000人が存在しているという。タイでは、タイ栄養士会が設立されて今年(2024年)50周年を迎える。

ナズニンさん(杉浦美香撮影)

その一方で、「カンボジアでは、栄養士の制度が確立されておらず、栄養士になるためには海外に出なければなりません」とリ・マニディン(Ry Manydine)さんは話す。

リさんは現在、埼玉県の武蔵野栄養専門学校に留学中で、卒業後は十文字学園女子大大学院で研究を続ける予定。その後は、カンボジアの栄養課題解決のために自国に戻る。AYDNへの期待は大きいという。

リ・マニディンさん(杉浦美香撮影)

特筆すべきだったのは、発表で「栄養士は、尊重されていますか」の問いを投げかける発表者が多かったことだった。

タピオカ店員より低いサラリー

台湾の栄養士、祝梓芸(Chu Tzu Yun)さんは、「1968年に、台湾で栄養士法(Dietitians Act)が成立した。栄養士は尊重されており、需要も高まっているが、不思議なことに給与は低い」と訴えた。

台湾の祝梓芸さん(杉浦美香撮影

大学を卒業し、病院や学校などで約500時間の研修を終えて栄養士の資格をとっても、収入はタピオカ飲料店の店員より低いと、募集要項を見せてくれた。

店員の月収は35000元、病院の糖尿病指導の栄養士は33100元だった。労働時間の差もあり、金額だけでは一概に比較できないとは言え、初月収の差は歴然だった。看護師や医師と、栄養士との間に給与に差があることは参加国共通だった。

栄養士の地位確立にむけて

「給与が低く抑えられていて本当に栄養士が尊敬されているといえるだろうか」

山本茂・同大大学院教授は参加者に問いかけた。

ネットワーク設立のキーマンである山本茂教授(杉浦美香撮影)

この問題は、人口10万人に対する栄養士の数が世界でもっとも多いとされる、日本についても言えるという。

日本の栄養士の歴史を紐解くと、大正時代にまで遡り、100年以上の歴史がある。1947年に栄養士法が制定され、栄養士の養成が法制化された。1962年には、管理栄養士制度が設立された。病院の管理栄養士の栄養指導に診療報酬が加算され、財政的裏付けがあることは日本の栄養士の地位確立の一助になっている。しかし、食事指導の現場で働く栄養士は論文重視になりがちな大学のアカデミアで、教授などの地位を確立することが難しい。山本教授は「栄養士は現場で働くという仕事の性質上、論文を発表するための時間を割けていない。その背景には、大学や学部が栄養士養成プログラムで論文や研究方法を十分に指導していないという問題がある」と指摘している。(※参照論文)

山本教授は「栄養士の仕事は多岐にわたる。介護施設の高齢者をみれば、咀嚼困難、嚥下困難、高血圧、フレイル(虚弱)、サルコペア(筋肉量の減少)など複雑多岐な健康問題を抱えている。これらに対処するために適切な食事提供をする栄養士の役割は大きい」と言及。栄養士自身がさらに力をつける必要があるとしたうえで、「アジア若手栄養士ネットワークを通じ、栄養士が自ら、自分たちが正当な評価を受けるため、改善・解決策を見つけてほしい」と問題提起した。

会議最後に、参加者が笑顔で記念撮影を行った(杉浦美香撮影)

日本語の栄養士は、英訳すると dietitianともnutritionistとも言える。国によって違うが、nutritionistは、栄養士の資格がなくても栄養学と関係する食品学者、医師など広い意味で使われることが多い。ネットワークの名称の栄養士は、資格をとったdietitianを使う。現場を大切に、栄養指導の専門性を重視しているからだ。

食事は全ての基本。対症療法ではなく病気の予防、健康な社会を実現するために、栄養士の存在は大きい。

参照論文 Asian Journal of Dietetics Vol.5, No.1, 2023 「What Dietitians Need for the Future: Evidence-Based Dietetics」

(味の素は、Japan 2 Earthのコンテンツ・パートナーです。)

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